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2010年5月30日日曜日

町田 康 「くっすん大黒」

第19回(1997)野間文芸新人賞受賞作
第7回(1997)ドゥマゴ文学賞受賞作

酒飲みで体たらくな男の一人称文学。
その語り口の愉快さは何かに似ていると思ったが、落語だと今気がついた。
この作者はミュージシャンでもある多才な方です。
くっすん大黒 (文春文庫)

文藝賞 受賞作リスト

河出書房新社が小説ジャンルにおける「新人の登竜門」と位置づけ設立した文学賞で年一回発表されている。受賞作は『文藝』に掲載され単行本としても刊行される。締め切り3月末日。

第11(1974) 小沢冬雄 「鬼のいる杜で」
第12(1975) 阿嘉誠一郎 「世の中や」
第13(1976) 外岡秀俊 「北帰行
第14(1977) 星野光徳 「おれたちの熱い季節」、松崎陽平 「狂いだすのは三月」
第15(1978) 黒田宏治郎 「鳥たちの闇のみち」佳作 小林景子 「回帰点」
第16(1979) 冥王まさ子 「ある女のクリンプス」、宮内勝典 「南風」
第17(1980) 青山健司 「囚人のうた」、田中康夫 「なんとなく、クリスタル」、中平まみ 「ストレイ・シープ」
第18(1981) 堀田あけみ 「1980アイコ十六歳」、ふくださち 「百色メガネ」、山本三鈴 「みのむし」
第19(1982) 柳川春町 「日曜日には愛の胡瓜を」
第20(1983) 若一光司 「海に夜を重ねて」、山本昌代(東斎屋金魚から改名) 「応為坦坦録」
第21(1984) 平中悠一 「She's rain」、渥美饒兒 「ミッドナイト・ホモサピエンス」
第22(1985) 山田詠美 「ベッドタイムアイズ
第23(1986) 岡本澄子 「零れた言葉」、佳作 梅田香子 「勝利投手」
第24(1987) 笹山久三 「四万十川 あつよしの夏」、佳作 久間十義 「マネーゲーム」
第25(1988) 長野まゆみ 「少年アリス」、飯嶋和一 「汝ふたたび故郷へ帰れず」
第26(1989) 比留間久夫 「YES・YES・YES」、 結城真子 「ハッピーハウス」
第27(1990) 芦原すなお 「青春デンデケデケデケ」(直木賞)
第28(1991) 川本俊二 「Rose」、吉野光 「撃壌歌」
第29(1992) 三浦恵 「音符」、佳作 真木健一 「白い血」
第30(1993) 受賞作なし、佳作 大石圭 「履き忘れたもう片方の靴」、小竹陽一朗 「DMAC」
第31(1994) 雨森零 「首飾り」
第32(1995) 伊藤たかみ「助手席にて、グルグル・ダンスを踊って」、優秀作 池内広明 「ノックする人びと」、金真須美 「メソッド」
第33(1996) 受賞作なし、優秀作 大鋸一正 「フレア」、佐藤亜有子 「ボディ・レンタル」
第34(1997) 鈴木清剛 「ラジオデイズ」、星野智幸 「最後の吐息」
第35(1998) 鹿島田真希 「二匹」
第36(1999) 濱田順子 「Tiny,tiny」
第37(2000) 黒田晶 「メイドインジャパン」、優秀作 佐藤智加 「肉触」
第38(2001) 綿矢りさ 「インストール」
第39(2002) 中村航 「リレキショ」、岡田智彦 「キッズ アー オールライト」
第40(2003) 羽田圭介 「黒冷水」、生田紗代 「オアシス」、伏見憲明 「魔女の息子」
第41(2004) 白岩玄 「野ブタ。をプロデュース」、山崎ナオコーラ 「人のセックスを笑うな」
第42(2005) 青山七恵 「窓の灯」、三並夏 「平成マシンガンズ」(最年少受賞)
第43(2006) 荻世いをら 「公園」、中山咲 「ヘンリエッタ」
第44(2007) 磯﨑憲一郎 「肝心の子供」、丹下健太 「青色讃歌」
第45(2008) 喜多ふあり 「けちゃっぷ」、安戸悠太 「おひるのたびにさようなら」
第46(2009) 大森兄弟 「犬はいつも足元にいて」、藤代泉 「ボーダー & レス」

山田詠美 「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」

第97回(1987)直木賞受賞作。

・・・・・
ひとりの男を愛すると三十枚の短編小説が書ける。
・・・・・
私は黒人が好きである
・・・・・

本書のあとがきで作者はそう述べている。
登場人物は、ロドニー、ミセス・ジョーンズなど全て黒人らしき人ばかりの物語。
作者は、自分でもそう言っている通り、黒人女(シスター)になりきっている。

ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー (幻冬舎文庫)

2010年5月27日木曜日

山田詠美 「ベッドタイムアイズ」

第22回(1985)文藝賞受賞作
第94回(1985)芥川賞候補

脱走中の黒人兵士との恋愛、官能世界を描いた作品。
こういう世界に憧れ、現実に体現している人はいるんだろうな。
形而的な教訓やテーマを求めてはいけない大人の小説。
ベッドタイムアイズ

山田詠美 「ぼくは勉強ができない」

賢者の皮むき、眠れる分度器、が特によかった。
この本を読んでいて高校時代のエピソードを思い出した。

同級生にモテる少女がいた。
かわいいのか、かわいくないのかはさておき、彼女の計算された笑顔やしぐさを見て好きになれなかった。しかし嫌いでもなかった。ただ単に、どういうメンタリティなのだろう、とずっと興味をもっていた。

高校三年生の一月に国立大学受検のための共通テストがあった。
その翌日、教室で配布された模範解答をみて自己採点結果を提出する「自己採点会」なるものが行われる。みんな一喜一憂しながら採点を進める。でも、前日にはすでに大手予備校が模範解答を街角で配っていたし、実際のところほとんどの奴は自分の点数なんてすでに知っていた。あえて教室で再び採点しているのは、担任教師が「これを基に最終進路指導をおこなう」と言って、自己採点用紙への記入を強制したこともあるが、もしかしたら点数が上がるかも、という愚かな淡い期待もあった。現実は、全然変わらない。代ゼミ、河合塾、駿台の模範解答がそんなに違う訳がないのだ。静まり返った教室の中で、わかりきった自己採点が進行してゆく。

はあ、というため息。うし、という感嘆。
僕の点数は予想よりかなり悪かった。志望校を下げるか浪人するか、あるいは学部変更するか、というくらい。まあ、これも現実か、しょうがないな、あきらめと喪失感を抱きながら教室をぼんやりと眺める。
ううう、と突然、静寂を破る者が現れた。例のモテる少女だ。
だいじょうぶ、どうしたの、
やさしい子達が彼女を囲み覗きこむ。教師も、おろおろと泳ぐ眼で、声をかけようかどうか迷っていた。やがて教室にいる者の視線を集める中で、机に顔を落として大声で泣き始めた。僕の頭にはブラームス第4番第1楽章が流れはじめた。

どうして、どうして。こんなはずじゃなかったのに。私の夢はどうすればいいの。

彼女がこうはっきりと声を上げた時、私は唖然とした。
思うように点数を取れなかった奴は沢山いる。教室の中には、悲しかったり不安な奴ばっかりだ。昨夜は泣いた奴もいるだろう、ほとんどの奴は寝られなかったはずだ。そんなに悪かったのか。どうして、って本当に自己採点していなかったのだろうか。百歩譲って、予想より大幅に悪かったのが本当に今わかったとしよう。で、女の子なら泣くかもしれない。それもまあ、ありだろう。だが、私の夢はどうすればいいの、って言葉はありえないだろう。この田舎の二流高校で。彼女は自身が『悲劇の主人公』たる資格をもっていることを確信していた。

あれから、20年くらい経ったある日、同窓会のお知らせがメーリングリストで来た。卒業後はじめての同窓会。僕は出席することにした。そして、もし彼女が来たらあの時の状況を覚えているか彼女に聞いてみよう、と思った。少し意地悪か。でもそれは叶わぬ企みに終わった。

私は、早稲田大学の同級生だった夫と結婚し今、妊娠中なので出席できません。

というメールが回ってきたからだ。私が言わなくても、同窓会では彼女のメールの文言が話題になった。そして自己採点会の時の状況も思い出話として出てきた。僕はそんな彼女が嫌いではなかった。むしろ、我の強い子は好きになっていた。あのメンタリティがどうなっているのかとても興味があったから、会えなくて本心から残念に思った。
彼女の親友だった元女の子、今はおばさんだけど、が近寄ってきてこう教えてくれた。

あの子ね、早稲田の指定校推薦はキープしてたんよ、あの時すでに。だから、共通テストの時も余裕かましてたよね。共通テスト終わった日の夜に、早稲田で十分、あんたなんかいけんところよ、って私に自慢してたもん。指定校推薦合格したら国立の共通テストは受けられないでしょ、普通。担任の先生に「厳しいお父さんを納得させるためだけですから京大法学部を記念受験させてください、絶対に受かりませんから」ってお願いして許可を得てたみたい。まあ、足切りで二次試験の資格すらないし。あの子のお父さん厳しくないし。早稲田で万歳って感じだったし。だから号泣した翌日に私、聞かれたもん、担任の先生に。あいつは、ほんまに京大に行きたかったんか、って。そんなわけないやん。共通テストで鉛筆ころがしていたんよ。でもねー、やっぱり美少女ってすごいんよ、あの涙を見せた日の放課後に2人に告白されて高校生活で合計23人になった、その中に教師2人は入ってないよ、って自慢してたもん。男ってアホばっかしやね。

ぼくは勉強ができない (新潮文庫)

2010年5月24日月曜日

島本理生 「シルエット」

第44回(2001)群像新人賞(優秀賞)

ちょうどこの作品を読んでいた昨日(2010年5月23日)、読売新聞に島本さんのインタビュー記事が出ていた。その偶然に少しうれしくなる。写真では清楚で素敵なお嬢さんって感じの方だ。

「シルエット」を書いたのは高校三年生(18歳)の時だったから、今年で10年目に・・・

僕が高校生の時なんて、適当に勉強して、なんとなく遊んで、それなりに葛藤したけど、創造なんて全くできなかった。金原さん、綿矢さん、島本さんはみな女子高生でこれだけの作品を出してしまった。
すごいことだ。

この作品を読んだ時には涙が止まらず、いまでもベッドに置いてある、
そんな女子中学生読者の感想が新聞に紹介されていた。感受性豊かな時期に読めばそういう幸せを得られるんだろう。

もはや心が枯れつつあるおっさんの私には恋愛のせつなさを共感する矢は届かなかった、
とても不幸なことだ。

手を抜かずに書き連ねたひたむきな描写に魅かれるものはあった。

シルエット (講談社文庫)

2010年5月23日日曜日

舞城王太郎 「煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifices」

デビュー作
第19回(2001年)メフィスト賞受賞作

メフィスト賞というのは、公募新人賞だが、応募期間設定も無く枚数制限もなく雑誌『メフィスト』編集者が作品を読み、受賞の決定までをおこなう賞で「究極のエンターテインメント」つまり面白ければ何でもありというキャッチフレーズで作品を募集している。

この作品はミステリのような推理小説のようなエンタメ系か、分類はよくわからない。

舞城さんの作品は初めて読んだ。
しかし、まあおもしろい。

・・・・・
そもそも本当に誰にでもできるものなどないんだ。食事だって排泄だって睡眠だって、できない奴にはできないんだ。
・・・・・
人生は混沌としていて文脈も主題もなく連続性すら時として失われてしまう。そこにはそもそも理由も原因も根拠もなく結果も帰結も結論もない。
・・・・・

こういう真理をついているような表現がでてくると、舞城さんって純文学を志していた人なのかなと思う。
あと、何かの資料を読んだだけの表現や医師免許をもっていても臨床をしていない人が書いた医療場面の表現はどことなく違和感があるものなのだが、この作品における医学用語の使い方は、ナチュラルで違和感が無い。この人は現役の臨床医、救急医じゃないか?と思える。

素性がしれない覆面作家というのもおもしろいし素敵だ。

煙か土か食い物 (講談社文庫)

舞城王太郎 「阿修羅ガール」

第16回(2003年)三島由紀夫賞受賞作

なんじゃこれ? こんなのあり?

主人公アイコの一人称、会話調文体、携帯メールもどきの思考を直接記述した文章で赤裸々で下品な語の羅列も多い。
文学的にどうか、教育的にどうか、この作品を後世に残すべきか、
なんてことを思慮するのは私の役割ではない。

おもしろければ何でもあり、というならこの作品はおもしろいのでありだろう。
人を描かなければ小説ではない、というならこの作品は女子高生を描いているから小説だ。

舞城さんが覆面作家をしているのは、こういう赤裸々な表現をした作品が恥ずかしいからなのか?
それとも、作品の延長上にミステリアスな部分を作りたいからか?
よくわからないけど興味をもってしまうところが、作者の思う壷か。

三島賞の規定では「文学の前途を拓く新鋭の作品一篇に授賞する。」となっている。
この作品が文学の前途を拓くか否かは私には到底わからないが、三島賞は純文学にこだわらない懐の広い賞であることはよくわかる。タイトルや略歴で嫌悪感を固定してしまう料簡の狭い知事が審査をしていなくてよかった。
阿修羅ガール (新潮文庫)

2010年5月21日金曜日

南木佳士 「長い影」

帰国後に開かれたカンボジア難民医療団の忘年会に参加した私にからんでくる一人の看護師がいた。
彼女の葛藤を描いた短編小説。

その女性が風呂場に乱入してきてゲロをはくあたりがおもしろい。

ダイヤモンドダスト (文春文庫)」に収載。

南木佳士 「冬への順応」

1983年作品。
私は、医者が生や死を素材に書いた作品を読むのは嫌いだ。
娯楽として読む小説にまで医療場面をみたくないという理由もあるが、最も共感すべき部分でむしろがっかりすることが多いからだ。南木さんの作品にはその点に関するストレスがない。生や死を素材にしていても感情や考えを押し付けたりしないからであろう。

幼なじみで浪人時代の彼女であった千絵子が自分の勤務する病院に肺がんのターミナルで入院する。
青春時代の回想がきれいな文章でつづられている。
ダイヤモンドダスト (文春文庫)」に収載。

南木佳士 「ダイヤモンドダスト」

第100回(1988) 芥川賞受賞作

別荘地化してゆく田舎に住む看護師の和夫は男だけの三世代暮らしである。
作品中ではすべて「看護士」と記述されているが「看護師」の誤記であろう、こんな些細なことを気にする自分がとても嫌になるので、やはり医療場面が出てくる作品は好きではない。

肺癌末期の入院患者マックを通じて生と死を見つめている。
冬の寒い朝、脳梗塞後の父が作った水車の上にはダイヤモンドダストをみる。
人を描いている作品、陳腐な表現は用いていない、情景に徐々を重ねる巧緻なクライマックス。
ダイヤモンドダスト (文春文庫)

長嶋 有 「猛スピードで母は」

2002年第126回芥川賞を受賞作

主人公が回想する小学生の息子の視点から母親を見つめる。
母子家庭の悲哀、よくある日常の情景と叙情を平易で無駄のない読みやすい文章で描かれているので多くの人が感情移入しやすいのだろう。

井坂洋子さんが「水の面を眺めるように」という題で解説を書いているが、この文章が秀作だ。
・・・・・
一日の終わりに黄金の時間がひかえているわけではなく、食事やテレビなどのわずかな安息と慰めを得るまでだが、しあわせが小さければ小さいほど人はそれだけはのがすまいと躍起になるのだ。自分のことを考えてもそうだと思う。
・・・・・
猛スピードで母は (文春文庫)

長嶋 有 「サイドカーに犬」

2001年第92回文学界新人賞受賞作

小学四年生の夏休み、母は家をでて父の愛人である洋子さんがやってきた。小学生の女の子にすれば悲しむべき状況なのだが、すごく平和で幸せな夏の一コマが過ぎていく。

ストーリーとしてのヤマ場は母が帰宅して洋子さんと鉢合わせする場面くらいしかない。
そもそもこの種の作品にこれ以上のイベントはいらない。父親の逮捕、ってのは必要だっただろうか。

感情の高まりは、果物を剥きながら洋子さんが泣くシーン。
私の頭の中の洋子さんは若かりし日の「桃井かおり」さんになった。
どうしてだろう。
猛スピードで母は (文春文庫)」に収録。

2010年5月18日火曜日

Suzanne Vega "Tom's Diner"

1980年代も終わりかけた、小春日和の昼下がり。

高校生の僕は友人の家に勉強にいく、
という名目で遊びに行った。
友人は田舎の良家の坊ちゃんでかなり裕福だった。

僕の家のすべてが入ってしまうくらい広いリビングで
勉強するふりをしながら、僕達はだらだらと雑談をしていた。

リビングには、とてつもなく大きな窓があり、
目が悪くなるくらいまぶしい明るさだった。
壷から水を注いでくれる天使の噴水がある中庭に面していた。

中庭や噴水なんてお金持ちの象徴だ、
僕の母なら余った土地が少しでもあれば
すぐに耕しトマトやタマネギなんぞを栽培することだろう、
こんな田舎に中庭なんかいらんだろ、
さわやかすぎるお坊ちゃんとの雑談の合間に中庭に目をやりながら、
裕福な家に対する嫉妬と羨望と嫌悪を少しずつ感じていた。

友人がトイレにいった隙に、
リビングから中庭におりてみた、なんとなく。
名前もしらない赤やピンクが咲き誇る花壇や
水の出ていない噴水をぼうっと眺めた。

ささやくような歌声が聞こえてきた。
友人の妹だ。田舎には不似合いなくらいの美少女だ。
中庭の向かい側に彼女の部屋がある。
歌声が聞こえてくる部屋の窓の両側には白い大きなヒダのようなヒラヒラがついたレースカーテンがあり、
カーテンは半ばまで、窓は全てが開けはなたれていた。
そこから窓の外に白くて細い腕が一本のびている。

窓際のベッドに美少女が横たわり、
空に向かって手をあげながらささやくように歌っている。
あまりにも幻想的で甘美な光景。
僕は身動きできなくなり、数秒遅れて心拍数は急上昇してきた。
息をするのも少し苦しかった。

あの部屋を覗いてみたい、
あの手に少しでも触れてみたい、
そんなことをしたら軽蔑されるだろうか、
もしかしたら微笑んでもらえるかもしれない、
衝動と妄想に折り合いがつかないまま、呼吸を抑えながら、
あの窓に向かって歩もうとした瞬間、

「食糧、調達してきたぞ」

背後に友人がポテトチップスの袋を頭上に挙げて微笑んでいた。

「おう、サンクス。」

と呟くような生返事をしてリビングに引き返した。

「あいつまたステレオかけっぱなしにして、窓あけたまま寝とるな」

そうかあれは彼女の歌声ではなくレコードか何かをかけていたんだ、
と思ったのは、その日の夜遅く、帰りの汽車中であった。

しばらくしてコーヒーのCMで使われているのを知った。
まぶしい芝生の広い庭、白いハンモックに横たわった金髪女性がささやくように口ずさんでいた。
「あの曲は誰のなんて曲?」
と追求するのも忘れて見とれた。

あれから20年以上の月日が経った。
甘美な小説を読んでいた時、
彼女の白い腕が窓から天に向かっている情景を突然、思い出した。
もう一度聞いてみたい、あのささやくような歌声を。
そう思うと、いてもたってもいられない。
もどかしいことだが、歌手の名前もタイトルさえも知らないままだった。


先日、twitterで呼びかけてみた。
twitterってすばらしい、教えてくれた人、ありがとう。
とてもすっきりした


Suzanne Vega "Tom's Diner" 1982

I am sitting
In the morning
At the diner
On the corner

I am waiting
At the counter
For the man
To pour the coffee

And he fills it
Only halfway
And before
I even argue
He is looking
Out the window
At somebody
Coming in

"It is always
Nice to see you"
Says the man
Behind the counter
To the woman
Who has come in
She is shaking
Her umbrella

And I look
The other way
As they are kissing
Their hellos
I'm pretending
Not to see them
Instead
I pour the milk


I open
Up the paper
There's a story
Of an actor
Who had died
While he was drinking
It was no one
I had heard of

And I'm turning
To the horoscope
And looking
For the funnies
When I'm feeling
Someone watching me
And so
I raise my head

There's a woman
On the outside
Looking inside
Does she see me?
No she does not
Really see me
Cause she sees
Her own reflection

And I'm trying
Not to notice
That she's hitching
Up her skirt
And while she's
Straightening her stockings
Her hair
Has gotten wet

Oh, this rain
It will continue
Through the morning
As I'm listening
To the bells
Of the cathedral

I am thinking
Of your voice...

And of the midnight picnic
Once upon a time
Before the rain began...

I finish up my coffee
It's time to catch the train 

2010年5月17日月曜日

島田雅彦 「君が壊れてしまう前に」

中学生少年の一年間の日記。
元少年だったお父さん達の郷愁を呼ぶ作品で、読んでいる最中に何度も忘れかけていた少年時代を昨日のことのように思い出す。作品は作者の実日記に基づくものなのか、完全に創作なのかはわからないが、元少年にしか知り得ないリアリティがある。設定は1970年代で著作は1980年代だが2010年の今読んでもさほどの古めかしさを感じないのは、描かれた本質が普遍的な少年心理だからだろう。
著者は、小説作法ABCという本の中で、作家は他人に知られたくないはずかしいことを書くべきだ、それが読者の読みたいことなのだから、と述べているがそれはこういうことを言っていたのだなとわかった、アフェア。
君が壊れてしまう前に (角川文庫)

2010年5月16日日曜日

島田雅彦 「優しいサヨクのための嬉遊曲」

第89回(1983年上半期)芥川賞候補作 
原本は『海燕』昭和58年(1983年)6月号

ソ連の反体制運動を支援する市民活動をするサークルに属している主人公千鳥姫彦は、みどりという女の子に恋をする。

私も大学時代は似たような感じだった、とのたまう親父もいるだろう。それとも、彼らは浮かれた軽い奴だと嫌悪するのだろうか。もしかしたら、ロシアのことをよく勉強したノンポリだ、と感心しているかもしれない。

主人公の千鳥は国家の権力、父親の権力は理不尽であると感じる。読者は千鳥がサークルをやめた理由に納得できず、みどりとの仲がどうなるのかを見届けられず理不尽を感じる。
読者は登場人物の行動や心情に対するありきたりの感想はもつことができるが、本作品の核心にせまることは簡単なようでなかなか難しい。

著者は本書の文庫本のためのあとがき(1985年)で以下のように言っている。
・・・・・
そこで、僕はこういう結論を出した。「嬉遊曲」は青春小説を装ったポルノ小説である。
こんなことをいうのも、この小説は「優しいサヨク」の側面ばかり強調されたからだ。
・・・・・
森村誠一さんが「作家の条件」の中で、すべての作家は自分の作品の評価には不満をもっているはずだ、と述べていたがこの作品はその典型なのだろう。

本作品の本質とは関係ないことだが、第89回芥川賞は 該当作品なしとなっている。
1980年代(第83-102回)は、20回中9回も該当作なしであった。これはどういうことなのか?
選考委員同士が仲悪く、お互いが選んだものを譲歩できなかったからだろうか。よくわからない。ちなみに近年、2000年代(第123-142回)における該当作なしは第142回(2009年下半期)に1回あるのみである。

選者の大江健三郎先生は本作品を高く評価しこのような選評を残している。
・・・・・
ロシアの民俗とモダニスムのからみあった、この時期(引用者注:一九二〇年代ソヴィエト・ロシア)の小説には、イメージの超現実にあわせて「話法」の卓抜な面白さがある。・・・『優しいサヨクのための嬉遊曲』は、その「話法」をつい昨日のこと(あるいは今日の昼前のこと)について、機敏に生かした小説づくりである。・・・作者の「サヨク」の日常的観察には、軽薄なようでいて(若さゆえの勇み足と弛緩は当然にあるが)田中康夫には欠けていた、自前の認識力の芽をかいま見せるものがあろう。
・・・・・

いずれにしても島田雅彦氏に芥川賞を与えなかったことで同賞の欠陥が証明された。

優しいサヨクのための嬉遊曲 (新潮文庫)

若桜木 虔 「作家の養成講座」

作家としてデビューするには、新人賞に応募して受賞する道と出版社に持ち込みをして出版してもらう道とがある。前者は高校野球で優勝するようなもので結構難しいらしい。しかし作家として生き残るのは年間数人なので、デビューすることよりも作家であることを維持していくことの方が難しいらしい。
本書は、出版社に持ち込みをしてデビューするという著者自身のリアルな経験があり、なかなか興味深い。

体現どめ、擬態語の多用、視点のぶれ、陳腐な描写、読書量の不足・・・
原稿を書く前に気をつけるべき最低限のマナーをやさしく解説してくれている。
作家になる人でなくても、駄作の見分け方がわかるようになる良書だ。

林真理子ら 「売れる小説の書き方」

「エンジン01文化戦略会議」が主催した対談の書き起こしたもの。

林が進行役になり、四人の作家(林真理子、大沢在昌、山本一力、中園ミホ)の作家活動の思いで,作家として生きていくことの世知辛さが垣間見える。本書を読むと作家を志すなら新人賞は取るべきだし取れるはずである、という気になる。

とても広い行間なので30分くらいで気軽に読めます。

森村誠一 「作家の条件」

2004年から2007年までのエッセイや出版物を抜粋、編集されたもの。

森村誠一さんの個人史的な読み物。
推理小説愛好家や推理小説作家を志す方は必携だろう。
ところどころに珠玉のメッセージが落ちている、という感じ。

・・・・・
芸術家が権力に保護されることはあっても、芸術家自身が権力を志向するケースは基本的にありません。
・・・・・

東京都は知事と副知事が作家だが、森村さんの御考えだとすでに作家の条件からは外れている。

島田雅彦 「小説作法ABC」

この種の(作家になるハウツー)本の中ではまともな内容で、文學を志す人ならまじめに読むべき一冊。
大学講義に用いるために準備されたのであろう、小説の形式が整理されて幅広く引用が紹介されている。

氏の作品が、どのような背景と根拠の上に成り立つのかを分析するために読んでもおもしろい。

本書の一番最後にデビュー作の在り方について述べられているが、氏の作家としての心意気が感じられ、よし一本書いてやろうか、という気分になる。

2010年5月13日木曜日

金城一紀 「GO」

医師には在日朝鮮人、韓国人が多いらしい。
本人がオープンにせずに日本名を使っている場合、あえて国籍のことを話題にする必要はないし、知りたくもない。しかしわざわざ話題にしその話題で盛り上がりたい奴がいる。
「俺にそんなことを言って、もし俺もそうだったらどうする気だ?」
と言っても全く余裕で、
「お前の親父は公務員だからありえん」
そういうことの嗅覚だけは鍛えられているらしい。

多分、そんな陰口が繰り返されてきたことは彼らも知っているだろう。

陰湿な奴らのことをどう思っているのか、直に聞いたことが無い。
ということは、親友の中に在日の者がいないから、あるいは私が知らないだけなのか、そもそも知らないなんて親友ではないか。

人は、人種、国籍、出身地、出身校、勤務先、入社年、・・・あらゆる所属で分類し、群れたがる。
同窓会で級友に会って懐かしむのはいいが、県人会とか異様な結束で高揚している集団には嫌悪感すら感じる。
我らを誇り合い、他者を阻害するのは愚かなことだ。

主人公のような男なら友人になってみたい、国籍は関係ない。GO

2010年5月12日水曜日

大江健三郎賞 受賞作リスト

大江氏が、可能性、成果をもっとも認めた「文学の言葉」の作品を選出。
選評の代わりとして、大江氏と受賞作家との公開対談を行い、「群像」5月号誌上に掲載される。
公式サイトはこちら

第1回(2007年)長嶋有 夕子ちゃんの近道(新潮社2006年4月刊)
第2回(2008年)利規 わたしたちに許された特別な時間の終わり(新潮社2007年2月刊)
第3回(2009年)安藤礼二 光の曼陀羅 日本文学論(講談社2008年11月刊)
第4回(2010年)中村文則 掏摸(河出書房新社2009年10月刊)

2010年5月11日火曜日

山崎ナオコ―ラ 「人のセックスを笑うな」

第41回文藝賞受賞作、第132回芥川賞候補作

ほんわりけだるい空気の中の僕と年上の恋人。

どこにでもありそうで、誰もが思い描く、いつしか経験しそうな恋愛。

それは他人からみればどうでもいいことなんだけど、僕にしてみれば死ぬほどつらいわけで、

これが青春のひとこまになることなんて、今は想像できないし、息もしたくない。

昨日まで何でもなかった景色が、突然、意味ある現象となって浮かびあがる。

こんな恋愛はどこにもなく、誰にも思い描けない、経験したくない恋愛。

人のセックスを笑うな (河出文庫)

医療過疎とニセ医者騒動

興味深いと言うと当事者の方々には大変失礼かもしれないが、先日のニセ医者の記事(最下段参照)を読んでいろいろ考えた。

大阪の某病院に通院中の患者が岩手の病院に医師として採用されそうになった、というのである。いわゆるニセ医者だ。過去にも同じような事件は何回かあったし、現在もニセ医者として活躍している輩もいるだろう。医師免許の偽造に落ち度があったために発覚してしまったが、通常は採用時にコピーを見せるだけでよいので、コピーさえ入手できていたらニセ医者として勤務できていた可能性が高い。

「俺は整形外科医だ」
飲み屋などでこう言っている嘘くさいおっさんの声が聞こえてくることがある。そういうと女の子にモテるのだろうか、話が盛り上がるのだろうか。嘘であろうと関係ないし、どうでもいいのだが、明らかに嘘くさいのはすぐにわかる。どういうところでわかるのだろうか。

「俺が医大をでた頃は・・・」
近所のおばちゃんなんかは“医大”という単語をよく使うが、医師は“医大”といわず単に“大学”というのしか聞いたことがない。

「解剖実習の時は・・・」
おねえちゃんなんかに解剖実習のリアルな話をするときゃっきゃ言って喜んでもらえることもあるかも知れない。確かに人体の解剖は、得難い経験かも知れないが、すでに卒業してしまった医師は解剖実習のことなんて全く興味がない。こんなことを自分から話始めるのはネタの乏しい合コン学生くらいだ。おっさん医師だったら話題にすらしたくない。

「患者のことはクランケと言う」
ドイツ語を使うのは昭和40年代卒業(年齢60歳代)より年配の方だろう。日常会話で“クランケ”なんて言うのは聞いたことがない。しかし患者が亡くなることをステルベンとは言う。

いずれにしても、医師かそうでないかは数分間だけでも話を聞けばわかるのだ。新聞記事を読んでいて驚いたのは院長は三回も大阪に行って面談していたということだ。「専門用語を使ってたから見破れなかった」というが、そんなの関係なく普通の会話でわかるでしょう。何年卒ですか? 研修医はどこでしましたか? どこの医局にいましたか? その時の教授は誰でしたか? 去年の循環器学会はどこでありましたっけ? 専門医はもってますか? 年間何例の心カテしてましたか? どこのメーカーのカテを使っていましたか? 学位はどんなテーマでしたか? など。医師としての専門領域が違っても、それくらいの話はするだろう。医師であるか否かを疑うという前提での話ではなく、どれくらいのレベルの医者なんだろうか、循環器の専門性はどの程度のものだろうか、という探りを入れる会話の中で的外れな返答が出てきたはずだ。面談で何を話していたのか不思議だ。

医師不足に悩む地方の病院経営者や自治体は「医師に来ていただければ有難い」という。私みたいな者にもそのようなお誘いは沢山ある。しかし、話を聞いてみると「医師であれば誰でもいい」、「とりあえず医師でさえあれば」という意向がよくわかる。今回の事件を通して、「免許さえあればどんな医師でもよかったんだな」という採用水準の低さが可哀そうなくらい露呈してしまった。医療過疎は背に腹は代えられないくらい深刻な状況なのだ。しかもそれを正直に言わざるを得ないくらい。でも、多くの医師はこれが嫌なのだ。「私じゃなくてもいいんだったら私は行きたくない」と思う。採用担当者は、嘘でもいいから「あなたのような医師を探していた」、「あなたじゃないともうダメだ」と言うべきだ。たいがいの医師はプライドが高いのだから。

以前、医療過疎で困る地域の病院で長く従事し続けるにはどのようなメンタリティが必要かを考えたことがある。答えは「殿様になる」か「腑抜けになる」どちらかしかないのでは、という結論に達した。。表現は悪いが、悪意は無い。
学校医をして卒業式で来賓の挨拶をして、警察医もしてスピード違反は見逃してもらい、保健センターの禁煙教室や性教育の講演し、夜間の救急に対応し、若くして副院長になり、訪問診療や在宅の看取りをして、近くのスーパ-にいけば皆に会釈され、忘年会では町長さんの横に座る、地方紙に顔写真入りで掲載してもらう。いわゆる田舎のスーパーアイドル「殿様」タイプだ。安楽死をしてしまうような医師はこのようなタイプが育つ土壌にいるのだと強く思う。これとは正反対の「腑抜け」タイプとは、お金になるから校医はする、救急車は電話で断るよ、だって専門外だから、休日や夜間は病院には行かないよ、だって都会に住んでいて通勤に一時間かかるから、訪問診療はしないよ、だって責任がもてないもん、発表はしないけど学会は必ず行くよ、交通費や宿泊費はでるもん、学会に行くけど医療知識や技術の向上には全く興味がないし意味もないと思っている。田舎にいるのは釣りと山登りが趣味だしのんびりできるし、そんな自分のわがままを許してくれるから。文句があるなら言ってください、いつでも辞めますから、という開き直りが根底にある。
つまり、地域における医師として、自分の存在意義を強く意識するか、あるいは全く意識しないか、のどちらかしかない。中途半端な位置にいると辞めたくなるか、気が触れてしまう。唯一の例外は、医師か妻がその地域出身者である場合だけだ。

結局、何が言いたいのかというと、医局からの派遣ではなく、医師の方から「田舎の病院に行きたい」と申し出た場合、その地に縁もゆかりもない人なら、何で、ということをよく吟味していただいた方がいい。お金か、“腑抜け”か? “殿様”を目指したい人はいるだろうが、最初から殿様タイプにはなれない。そもそも住民が減り続けるような過疎地に自らの意思でやってくる医師は、良くも悪くも普通ではなく、ナニカアルはずだ。テレビを見て手助けしたくなった、という稀少な方もいるかも知れないが、そんな人は年棒を3000万円にしろ、宿舎のテレビを薄型の50インチにしろ、なんてことは絶対に言わない仙人のようなお方のはずだ。

ちなみに厚生労働省は医師等資格確認検索をできるサイトを公開している。


医師法違反:ニセ女医をうっかり採用 常勤医不足に悩む岩手・宮古市の病院
医師不足に悩む岩手県宮古市の県立宮古病院(菅野千治院長、387床)に医師と偽り勤務しようとしたとして、県警宮古署は8日夜、自称大阪市天王寺区上本町5、無職、一宮輝美容疑者(44)を医師法違反容疑で現行犯逮捕した。共に勤務予定だった知人男性(自称38歳)も偽医者だったとみて事情を聴いている。
逮捕容疑は8日、宮古市和見町の同病院官舎前で、職員に対し、医師免許がないのに循環器科の医師と虚偽の申告をした疑い。2人は10日から勤務予定だったという。
同病院によると、一宮容疑者は08年11月ごろ大阪市内の病院の医師と名乗って宮古病院に電話し「ニュースで岩手の医師不足を知り、手助けがしたい」などと話した。このため同病院は一宮容疑者と知人男性を09年末から2、3回面接し、4月中旬に採用を決めた。だが2人は医師免許や履歴書の提示に応じず、今月6日にようやくファクスで医師免許を送ってきたが、厚生労働大臣印が無いことなどから、県医療局を通じ宮古署に相談していた。
県医師支援推進室によると県内の人口10万に対する医師数は191・9人(08年)で全国37位。同病院は循環器科の常勤医が不在のため、他病院から派遣を受けていた。常勤医は年収約2000万円。
菅野院長は「常勤医が欲しいとの思いから、疑問点も見過ごしてしまった。市民の期待や安心を踏みにじる結果になってしまい申し訳ない」と話した。
毎日JP(毎日新聞 2010年5月10日 東京朝刊)より記事引用

2010年5月10日月曜日

三島由紀夫賞 受賞作リスト

新潮社が主催する文学賞で1988年に創設された。
公式サイトはこちら
対象は小説、評論、詩歌、戯曲。


第1(1988)高橋源一郎 優雅で感傷的な日本野球
第2(1989)大岡玲 黄昏のストーム・シーディング
第3(1990)久間十義 世紀末鯨鯢記
第4(1991)佐伯一麦 ア・ルース・ボーイ
第5(1992)受賞作:無し
第6(1993)車谷長吉 塩壺の匙、福田和也 日本の家郷
第7(1994)笙野頼子 二百回忌
第8(1995)山本昌代 緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道
第9(1996)松浦寿輝 折口信夫論
第10(1997)樋口覚 三絃の誘惑 近代日本精神史覚え書
第11(1998)小林恭二 カブキの日
第12(1999)鈴木清剛 ロックンロールミシン、堀江敏幸 おぱらばん
第13(2000)星野智幸 目覚めよと人魚は歌う
第14(2001)青山真治 ユリイカ EUREKA、中原昌也 あらゆる場所に花束が……
第15(2002)小野正嗣 にぎやかな湾に背負われた船
第16(2003)舞城王太郎 阿修羅ガール
第17(2004)矢作俊彦 ららら科學の子
第18(2005)鹿島田真希 六〇〇〇度の愛
第19(2006)古川日出男 LOVE
第20(2007)佐藤友哉(最年少受賞)1000の小説とバックベアード
第21(2008)田中慎弥 切れた鎖
第22(2009)前田司郎 夏の水の半魚人
第23(2010)東浩紀 クォンタム・ファミリーズ

谷崎潤一郎賞受賞作リスト

中央公論社が1965年の創業80周年を機に設けた非公募の文学賞。
公式サイトはこちら
中堅以上の作家に与えられる賞。

第26(1990)林京子 やすらかに今はねむり給え
第27(1991)井上ひさし シャンハイムーン
第28(1992)瀬戸内寂聴 花に問え
第29(1993)池澤夏樹 マシアス・ギリの失脚
第30(1994)辻井喬 虹の岬
第31(1995)辻邦生 西行花伝
第32(1996)受賞作なし
第33(1997)保坂和志 季節の記憶、三木卓 路地
第34(1998)津島佑子 火の山―山猿記
第35(1999)高樹のぶ子 透光の樹
第36(2000)辻原登 遊動亭円木、村上龍 共生虫
第37(2001)川上弘美 センセイの鞄
第38(2002)受賞作なし
第39(2003)多和田葉子 容疑者の夜行列車
第40(2004)堀江敏幸 雪沼とその周辺
第41(2005)町田康 告白、山田詠美 風味絶佳
第42(2006)小川洋子 ミーナの行進
第43(2007)青来有一 爆心
第44(2008)桐野夏生 東京島 
第45(2009)受賞作なし

2010年5月9日日曜日

野水陽介 「後悔さきにたたず」

第53回 群像新人文学賞 小説当選作  (群像2010年6月号収載)

コンビニのアルバイト店員である大学生サクライの日常を描いたリアリティ作品。

まじめで堅実、律義な大学生を丁寧に描いている。コンビニや学生生活を描いた作品はかなり多いそうだが、他の作品と違うところは、ところどころで展開される主人公の洞察に不自然さがなく的を射ており表現もうまいこと。

流れる汗の描写、言葉と感情に関する考察、主観に関する考察などが特に気に入った。

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事実や状況の考察において、主観の導入は劇薬と化す。
- たとえば、結婚して結ばれた二人に対して「おめでとう」「幸せそう」と言ってしまう無条件の祝福に含まれた主観。自分だったら、みんなだったら、一般的には、という主観。常識ほど主観的なものはなく、
・・・・・


偶然にしては出来すぎているが、同時受賞の淺川継太氏「朝が止まる」は後方視野を得た男の話であった。本作品の終末にも“振り返った後ろ”に関する考えが清々と述べられている。「朝が止まる」では病的に描かれたものが本作品では健康的でありすぎるところが逆に玉にキズかも知れない。

素人好みかもしれないが、私がもし選者であれば「朝が止まる」よりもこちらを推したい。

選者であれば、という仮定はおかしいけど。

2010年5月8日土曜日

淺川継太 「朝が止まる」

第53回 群像新人文学賞 小説当選作  (群像2010年6月号収載)

私は昨年の正月から、頚椎椎間板ヘルニアによる左肩の激痛のためベッドで横になって寝ることができず、ソファやリクライニングチェアで座ったまま夜を明かしていた。そういう時期に限って長時間、覗きこむことを強いられる手術に入らざるを得ないことが多く左手の三本は完全にしびれ始めイラついた。四月になっても一向によくならないため、整形外科で頚椎手術を受けるか、自分自身が外科医を引退するか、の二者択一しかないと思い昨年の今頃はすべてにイライラしていた。どういう訳だか夏を過ぎる頃から氷が溶けてゆくように軽快し再びベッドで臥床できるようになった。このことはもう忘れつつあった。

二日前に頚椎ヘルニアが再発した。昨年ほどではないが左肩に鈍痛があり前頚することができず自分の臍さえ見られない。近日は、テレビを見ずに読書をして独りの世界に入るという戒律を作っていることもあり、本日の午後は大人しく群像6月号を読むこととした。新人文学賞当選作が発表されていた。

「朝が止まる」は後方視覚を得られた男、二重目覚まし時計のトップセールスレディー、の二人が一人称で交互に語っていく話だ。男の話は既視感あったが何だったかは思い出せない。精神科医ならschizophreniaの離人症状の一種だ、などと診断をつけるのだろうが、私にはわからない。こういう病的精神世界を描くことが文学だと考える流行があるようだが、正直、つまらない。その反面、女の話には魅かれた。「売る」ということについての考察の深さ、日常会話の文脈を読みとくくだりなどは単純におもしろい。つまらない、おもしろい、の繰り返しだ。苦手な男の話の方に入ると、なぜかしら私の左肩鈍痛が思い出されイラついた。

絲山秋子氏の選評は『「眉間に山脈の航空写真みたいな影を寄せて」とか「きらきらした脳漿が自分の耳に流れ込んできていて、それが金色に光っているのを」などといった陳腐な比喩に何度も卒倒しそうになった』とかなり手厳しい。一つ目の表現は確かにいまいちだが、二つ目の比喩は感覚的に理解できるしなかなかのものじゃないかと思う。プロから見たらダメなのか。

松浦寿輝氏の選評によると、一人称の語りは安部公房の文体を連想させるものだ、とのこと。そう言われればそうだったかも知れない。

2010年5月3日月曜日

松尾依子 「子守唄しか聞こえない」

第51回 群像新人賞受賞作

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この太陽は実は偽物なんじゃないかと思う。
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なかなか素敵なフレーズで始まるこの作品は、女子高生が主人公だからといって青臭いだけの恋愛ものではない。同級生である四人の男友達の優しさに違和感と怒りを感じ、いつも燃えカスのような苛立ちを抱えている主人公の内面を刻々と掘り下げてゆく。

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もしかしたらこの人たちはエキストラで、私の視界から消えたらまた別の格好に着替えて、この町の住人Bになって戻ってくるかも知れない。
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私は幼少のころキカイダ―という番組を信じていた。善良な市民に変装したショッカー達がキカイダ―の仲間を次々に襲う、というストーリーをみてとても不安になったものだ。その影響を受けたとしか思えない夢を繰り返しみることがあった。私以外の人々は実は悪の世界の者であり、私がいなくなると元の凶悪な姿に戻り悪の算段をしているのである。私は母親までもが彼らの仲間であることを察知してしまい、恐怖におののく。どうしようもない、どうしよう、というところで毎回、夢から覚める。夢から覚めると、母親に対して
「わかってるんだ、あなた達のことは、」
などと言って泣いていた。遠きよき日の記憶だ。
こんなしょうもないことを回想してしまった。


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落ちたらどうしよう。
そう考えると、その考えに囚われてしまった。ここに落ちたらどうなるんだろう。
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考え出すと止まらず、恐怖心は増幅してゆき、その想像から離れることは不可能だった。
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彼女は海に飛び込みおぼれて助かったというエピソードを述懐しているが、私にも似たような感覚がある。

近づいてくる地下鉄の音とともにやってきた生温かい風に顔を撫ぜられていた時、このまま三歩前に飛び出したら轢かれる、轢かれたら助からない。三歩前にジャンプしてみようか、何でそんなことするのだ、しないだろう、いやできるかもしれない。
「似たような思いにとらわれる人はかなり大勢いる。しかし実際に飛び込むのと飛び込まないのはかなりの隔たりがある」
と聡明な友人に解釈してもらった。かなりの隔たりとは何なのか、未だにわからない。ちなみに私には自殺願望など微塵もない。

子守唄しか聞こえない主人公のとらえどころのない心性を垣間見ても、海に飛び込んだエピソードの裏に希死念慮があったようには思えない。

子守唄しか聞こえない

2010年5月2日日曜日

鶴川健吉 「乾燥肌」

第110回 文學界新人賞受賞作 (文學界 2010年6月号に収載)


五月の連休はよい天気が続くようだ。久しぶりに休みが取れた午後、家族で虹マス釣りに行った。こんなに気分の良い休日は何カ月ぶりのことだろうか。

夕方、帰宅してポストを覗くと5月7日発売の「文學界」が届いていた。
「もう来たのか、連休でまだ2日じゃないか、年間購読してる者の特権だよ」
愚かな小市民ぶりを顕わにしてしまう。少し熱めの風呂に入り、魚臭くなった手の臭いを洗い流しておいた。グラスにワインを注いでこぼれないようにしながら二階に上がる。吹き抜けに面した踊り場が私の書斎代りになって久しい。リクライニングチェアに体を埋め、文藝春秋社からのクロネコメール便の封筒を開く。階下では妻が子ども達と虹マスをさばいているようだ。表紙を眺める。新連載の島田雅彦氏「傾国子女」を読もうかと一瞬思ったが、新人賞受賞作があったことに気がついた。もう一つの受賞作である「自由高さH」って変なタイトルだな、と呟き順番通りに「乾燥腕」から読ませていただくこととしよう。今宵の作品はいかなる衝撃を与えてくれるだろうか、と思いつつ表紙や目次を見つめる時間は、かわいそうな中年男に与えられた唯一のささやかな御褒美だ。

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吐き気がした。嘔吐はしない。
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本作品に出だしはこうだ。

私の読後感想もほぼ同じだった。以上。

2010年5月1日土曜日

津村記久子 「ポトスライムの舟」

第140回 芥川賞受賞作

奇想天外なストーリー展開などない。どこにでもいそうな地味な女の日常と揺れ動く機微が巧緻に描かれている。

工場の生産ラインで働く29歳契約社員のナガセは職場に張ってあった世界一周クルージング旅行に魅かれた。その代金は163万円で彼女の年収と同額であった。その費用を捻出するために切り詰めた生活を始める。
大学時代の友人三人との関わりの中で、女性にとって結婚とは何なのか、人生とは何なのか、といった苦悩が語られるのだが、けっして暗くはなく、むしろ前向きで楽しそうにさえある。主人公はかつて鬱病であったことが示唆されているが、私はこのような人物は鬱にならないと思う。

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「時間を金で売っているような気がする」というフレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。
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生きている自分に吐き気がしてくる。
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なんとか生き長らえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。
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アサッテの人」に同主旨の表現をみた。このような不条理が現代社会の本質だと感じる人は多いはずだ。生きにくい社会、かろうじて生かされている自分、両者の関係に苦悩するのは普遍的なものなのだから。

選者である伊澤夏樹さんの以下の評が的を射ていて共感できる。

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小説は社会を表現するために書かれるのではない。生きた人間たちを書いて、結果として彼らが生きる社会が描かれる。そこで社会は背景であって主役ではない。
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ぼくにはナガセが生活の優等生のようにも見えた。作者もまた細部まで計算の行き届いた優等生、というのは言い過ぎだろうか。問題はこの行き方を肯定する今の社会の側にあるのだから。
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石原氏は「無劇性の劇のくり上げ当選」とあいかわらず大変失礼なコメントをしている。

ポトスライムの舟


ちなみにポトスライムとはこんな感じの植物。やさしい女性的なみどりの葉ですね。
ポトスライムの写真

磯崎憲一郎 「終の住処」

第141回 芥川賞受賞作

結婚をした後に時折、不機嫌になる妻。理由はわからない。
かつては妻の浮気を疑っていた彼のほうが下らない女と浮気する。
主人公が過去を回想し話を進めるのだが、なぜか“彼は”と表現している。

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彼だけが狂っているのか、もしくはまったく同じ意味で、狂っていないのは彼だけか。そんな孤独な思いにふたたび囚われるのだった。
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翌朝、妻は彼と口を利かなかった。
次に妻が彼と話したのは、それから十一年後だった。十一年というもの、彼が家で食事をすることはなかった。朝は妻と娘が起きるよりもまえに家を出て、駅の売店でパンと飲み物を買った。
・・・・・

ここまで極端な事情になることはめったに無いだろうが、我が家に居心地の悪さを感じたり居場所がなくなってしまった孤独なお父さんというのは意外に多いのではないだろうか。浮気をしたり、酒におぼれたり、あるいは仕事三昧な夫というのは、単にそこに逃げ込んでいるだけかもしれない。主人公の悲しく乾いていく心が見えたような気がする。ただし描かれている時間の流れがあまりにも早すぎてどっぷりと主人公に自分を重ね合わせることができなかった。

受賞後の対談で作者は、以下のような主旨の発言をしている。

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単なる夫婦のすれ違いやぎくしゃくした不幸な関係を描いたわけではなく、このようなまずい関係でも40年経てば重いものになる。
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『一緒に過ごした時間の重さ』がメインテーマということ。
何十年もの大きな時間を歩き抜けてみると、殺伐した心象が静寂に変化していたなんてことが本当にあるのか。すぐに離婚してしまう現代人にはわかりえない。

それにしても、山田詠美さんの「選評」で落選者に対するコメントは酷すぎる。石原慎太郎さんも率直な評価を持ち味にしているのだろうが、失礼すぎる。

終の住処