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2010年5月3日月曜日

松尾依子 「子守唄しか聞こえない」

第51回 群像新人賞受賞作

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この太陽は実は偽物なんじゃないかと思う。
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なかなか素敵なフレーズで始まるこの作品は、女子高生が主人公だからといって青臭いだけの恋愛ものではない。同級生である四人の男友達の優しさに違和感と怒りを感じ、いつも燃えカスのような苛立ちを抱えている主人公の内面を刻々と掘り下げてゆく。

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もしかしたらこの人たちはエキストラで、私の視界から消えたらまた別の格好に着替えて、この町の住人Bになって戻ってくるかも知れない。
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私は幼少のころキカイダ―という番組を信じていた。善良な市民に変装したショッカー達がキカイダ―の仲間を次々に襲う、というストーリーをみてとても不安になったものだ。その影響を受けたとしか思えない夢を繰り返しみることがあった。私以外の人々は実は悪の世界の者であり、私がいなくなると元の凶悪な姿に戻り悪の算段をしているのである。私は母親までもが彼らの仲間であることを察知してしまい、恐怖におののく。どうしようもない、どうしよう、というところで毎回、夢から覚める。夢から覚めると、母親に対して
「わかってるんだ、あなた達のことは、」
などと言って泣いていた。遠きよき日の記憶だ。
こんなしょうもないことを回想してしまった。


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落ちたらどうしよう。
そう考えると、その考えに囚われてしまった。ここに落ちたらどうなるんだろう。
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考え出すと止まらず、恐怖心は増幅してゆき、その想像から離れることは不可能だった。
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彼女は海に飛び込みおぼれて助かったというエピソードを述懐しているが、私にも似たような感覚がある。

近づいてくる地下鉄の音とともにやってきた生温かい風に顔を撫ぜられていた時、このまま三歩前に飛び出したら轢かれる、轢かれたら助からない。三歩前にジャンプしてみようか、何でそんなことするのだ、しないだろう、いやできるかもしれない。
「似たような思いにとらわれる人はかなり大勢いる。しかし実際に飛び込むのと飛び込まないのはかなりの隔たりがある」
と聡明な友人に解釈してもらった。かなりの隔たりとは何なのか、未だにわからない。ちなみに私には自殺願望など微塵もない。

子守唄しか聞こえない主人公のとらえどころのない心性を垣間見ても、海に飛び込んだエピソードの裏に希死念慮があったようには思えない。

子守唄しか聞こえない