興味深いと言うと当事者の方々には大変失礼かもしれないが、先日のニセ医者の記事(最下段参照)を読んでいろいろ考えた。
大阪の某病院に通院中の患者が岩手の病院に医師として採用されそうになった、というのである。いわゆるニセ医者だ。過去にも同じような事件は何回かあったし、現在もニセ医者として活躍している輩もいるだろう。医師免許の偽造に落ち度があったために発覚してしまったが、通常は採用時にコピーを見せるだけでよいので、コピーさえ入手できていたらニセ医者として勤務できていた可能性が高い。
「俺は整形外科医だ」
飲み屋などでこう言っている嘘くさいおっさんの声が聞こえてくることがある。そういうと女の子にモテるのだろうか、話が盛り上がるのだろうか。嘘であろうと関係ないし、どうでもいいのだが、明らかに嘘くさいのはすぐにわかる。どういうところでわかるのだろうか。
「俺が医大をでた頃は・・・」
近所のおばちゃんなんかは“医大”という単語をよく使うが、医師は“医大”といわず単に“大学”というのしか聞いたことがない。
「解剖実習の時は・・・」
おねえちゃんなんかに解剖実習のリアルな話をするときゃっきゃ言って喜んでもらえることもあるかも知れない。確かに人体の解剖は、得難い経験かも知れないが、すでに卒業してしまった医師は解剖実習のことなんて全く興味がない。こんなことを自分から話始めるのはネタの乏しい合コン学生くらいだ。おっさん医師だったら話題にすらしたくない。
「患者のことはクランケと言う」
ドイツ語を使うのは昭和40年代卒業(年齢60歳代)より年配の方だろう。日常会話で“クランケ”なんて言うのは聞いたことがない。しかし患者が亡くなることをステルベンとは言う。
いずれにしても、医師かそうでないかは数分間だけでも話を聞けばわかるのだ。新聞記事を読んでいて驚いたのは院長は三回も大阪に行って面談していたということだ。「専門用語を使ってたから見破れなかった」というが、そんなの関係なく普通の会話でわかるでしょう。何年卒ですか? 研修医はどこでしましたか? どこの医局にいましたか? その時の教授は誰でしたか? 去年の循環器学会はどこでありましたっけ? 専門医はもってますか? 年間何例の心カテしてましたか? どこのメーカーのカテを使っていましたか? 学位はどんなテーマでしたか? など。医師としての専門領域が違っても、それくらいの話はするだろう。医師であるか否かを疑うという前提での話ではなく、どれくらいのレベルの医者なんだろうか、循環器の専門性はどの程度のものだろうか、という探りを入れる会話の中で的外れな返答が出てきたはずだ。面談で何を話していたのか不思議だ。
医師不足に悩む地方の病院経営者や自治体は「医師に来ていただければ有難い」という。私みたいな者にもそのようなお誘いは沢山ある。しかし、話を聞いてみると「医師であれば誰でもいい」、「とりあえず医師でさえあれば」という意向がよくわかる。今回の事件を通して、「免許さえあればどんな医師でもよかったんだな」という採用水準の低さが可哀そうなくらい露呈してしまった。医療過疎は背に腹は代えられないくらい深刻な状況なのだ。しかもそれを正直に言わざるを得ないくらい。でも、多くの医師はこれが嫌なのだ。「私じゃなくてもいいんだったら私は行きたくない」と思う。採用担当者は、嘘でもいいから「あなたのような医師を探していた」、「あなたじゃないともうダメだ」と言うべきだ。たいがいの医師はプライドが高いのだから。
以前、医療過疎で困る地域の病院で長く従事し続けるにはどのようなメンタリティが必要かを考えたことがある。答えは「殿様になる」か「腑抜けになる」どちらかしかないのでは、という結論に達した。。表現は悪いが、悪意は無い。
学校医をして卒業式で来賓の挨拶をして、警察医もしてスピード違反は見逃してもらい、保健センターの禁煙教室や性教育の講演し、夜間の救急に対応し、若くして副院長になり、訪問診療や在宅の看取りをして、近くのスーパ-にいけば皆に会釈され、忘年会では町長さんの横に座る、地方紙に顔写真入りで掲載してもらう。いわゆる田舎のスーパーアイドル「殿様」タイプだ。安楽死をしてしまうような医師はこのようなタイプが育つ土壌にいるのだと強く思う。これとは正反対の「腑抜け」タイプとは、お金になるから校医はする、救急車は電話で断るよ、だって専門外だから、休日や夜間は病院には行かないよ、だって都会に住んでいて通勤に一時間かかるから、訪問診療はしないよ、だって責任がもてないもん、発表はしないけど学会は必ず行くよ、交通費や宿泊費はでるもん、学会に行くけど医療知識や技術の向上には全く興味がないし意味もないと思っている。田舎にいるのは釣りと山登りが趣味だしのんびりできるし、そんな自分のわがままを許してくれるから。文句があるなら言ってください、いつでも辞めますから、という開き直りが根底にある。
つまり、地域における医師として、自分の存在意義を強く意識するか、あるいは全く意識しないか、のどちらかしかない。中途半端な位置にいると辞めたくなるか、気が触れてしまう。唯一の例外は、医師か妻がその地域出身者である場合だけだ。
結局、何が言いたいのかというと、医局からの派遣ではなく、医師の方から「田舎の病院に行きたい」と申し出た場合、その地に縁もゆかりもない人なら、何で、ということをよく吟味していただいた方がいい。お金か、“腑抜け”か? “殿様”を目指したい人はいるだろうが、最初から殿様タイプにはなれない。そもそも住民が減り続けるような過疎地に自らの意思でやってくる医師は、良くも悪くも普通ではなく、ナニカアルはずだ。テレビを見て手助けしたくなった、という稀少な方もいるかも知れないが、そんな人は年棒を3000万円にしろ、宿舎のテレビを薄型の50インチにしろ、なんてことは絶対に言わない仙人のようなお方のはずだ。
ちなみに厚生労働省は医師等資格確認検索をできるサイトを公開している。
医師法違反:ニセ女医をうっかり採用 常勤医不足に悩む岩手・宮古市の病院
医師不足に悩む岩手県宮古市の県立宮古病院(菅野千治院長、387床)に医師と偽り勤務しようとしたとして、県警宮古署は8日夜、自称大阪市天王寺区上本町5、無職、一宮輝美容疑者(44)を医師法違反容疑で現行犯逮捕した。共に勤務予定だった知人男性(自称38歳)も偽医者だったとみて事情を聴いている。
逮捕容疑は8日、宮古市和見町の同病院官舎前で、職員に対し、医師免許がないのに循環器科の医師と虚偽の申告をした疑い。2人は10日から勤務予定だったという。
同病院によると、一宮容疑者は08年11月ごろ大阪市内の病院の医師と名乗って宮古病院に電話し「ニュースで岩手の医師不足を知り、手助けがしたい」などと話した。このため同病院は一宮容疑者と知人男性を09年末から2、3回面接し、4月中旬に採用を決めた。だが2人は医師免許や履歴書の提示に応じず、今月6日にようやくファクスで医師免許を送ってきたが、厚生労働大臣印が無いことなどから、県医療局を通じ宮古署に相談していた。
県医師支援推進室によると県内の人口10万に対する医師数は191・9人(08年)で全国37位。同病院は循環器科の常勤医が不在のため、他病院から派遣を受けていた。常勤医は年収約2000万円。
菅野院長は「常勤医が欲しいとの思いから、疑問点も見過ごしてしまった。市民の期待や安心を踏みにじる結果になってしまい申し訳ない」と話した。
毎日JP(毎日新聞 2010年5月10日 東京朝刊)より記事引用
