この本を読んでいて高校時代のエピソードを思い出した。
同級生にモテる少女がいた。
かわいいのか、かわいくないのかはさておき、彼女の計算された笑顔やしぐさを見て好きになれなかった。しかし嫌いでもなかった。ただ単に、どういうメンタリティなのだろう、とずっと興味をもっていた。
高校三年生の一月に国立大学受検のための共通テストがあった。
その翌日、教室で配布された模範解答をみて自己採点結果を提出する「自己採点会」なるものが行われる。みんな一喜一憂しながら採点を進める。でも、前日にはすでに大手予備校が模範解答を街角で配っていたし、実際のところほとんどの奴は自分の点数なんてすでに知っていた。あえて教室で再び採点しているのは、担任教師が「これを基に最終進路指導をおこなう」と言って、自己採点用紙への記入を強制したこともあるが、もしかしたら点数が上がるかも、という愚かな淡い期待もあった。現実は、全然変わらない。代ゼミ、河合塾、駿台の模範解答がそんなに違う訳がないのだ。静まり返った教室の中で、わかりきった自己採点が進行してゆく。
はあ、というため息。うし、という感嘆。
僕の点数は予想よりかなり悪かった。志望校を下げるか浪人するか、あるいは学部変更するか、というくらい。まあ、これも現実か、しょうがないな、あきらめと喪失感を抱きながら教室をぼんやりと眺める。
ううう、と突然、静寂を破る者が現れた。例のモテる少女だ。
だいじょうぶ、どうしたの、
やさしい子達が彼女を囲み覗きこむ。教師も、おろおろと泳ぐ眼で、声をかけようかどうか迷っていた。やがて教室にいる者の視線を集める中で、机に顔を落として大声で泣き始めた。僕の頭にはブラームス第4番第1楽章が流れはじめた。
どうして、どうして。こんなはずじゃなかったのに。私の夢はどうすればいいの。
彼女がこうはっきりと声を上げた時、私は唖然とした。
思うように点数を取れなかった奴は沢山いる。教室の中には、悲しかったり不安な奴ばっかりだ。昨夜は泣いた奴もいるだろう、ほとんどの奴は寝られなかったはずだ。そんなに悪かったのか。どうして、って本当に自己採点していなかったのだろうか。百歩譲って、予想より大幅に悪かったのが本当に今わかったとしよう。で、女の子なら泣くかもしれない。それもまあ、ありだろう。だが、私の夢はどうすればいいの、って言葉はありえないだろう。この田舎の二流高校で。彼女は自身が『悲劇の主人公』たる資格をもっていることを確信していた。
あれから、20年くらい経ったある日、同窓会のお知らせがメーリングリストで来た。卒業後はじめての同窓会。僕は出席することにした。そして、もし彼女が来たらあの時の状況を覚えているか彼女に聞いてみよう、と思った。少し意地悪か。でもそれは叶わぬ企みに終わった。
私は、早稲田大学の同級生だった夫と結婚し今、妊娠中なので出席できません。
というメールが回ってきたからだ。私が言わなくても、同窓会では彼女のメールの文言が話題になった。そして自己採点会の時の状況も思い出話として出てきた。僕はそんな彼女が嫌いではなかった。むしろ、我の強い子は好きになっていた。あのメンタリティがどうなっているのかとても興味があったから、会えなくて本心から残念に思った。
彼女の親友だった元女の子、今はおばさんだけど、が近寄ってきてこう教えてくれた。
あの子ね、早稲田の指定校推薦はキープしてたんよ、あの時すでに。だから、共通テストの時も余裕かましてたよね。共通テスト終わった日の夜に、早稲田で十分、あんたなんかいけんところよ、って私に自慢してたもん。指定校推薦合格したら国立の共通テストは受けられないでしょ、普通。担任の先生に「厳しいお父さんを納得させるためだけですから京大法学部を記念受験させてください、絶対に受かりませんから」ってお願いして許可を得てたみたい。まあ、足切りで二次試験の資格すらないし。あの子のお父さん厳しくないし。早稲田で万歳って感じだったし。だから号泣した翌日に私、聞かれたもん、担任の先生に。あいつは、ほんまに京大に行きたかったんか、って。そんなわけないやん。共通テストで鉛筆ころがしていたんよ。でもねー、やっぱり美少女ってすごいんよ、あの涙を見せた日の放課後に2人に告白されて高校生活で合計23人になった、その中に教師2人は入ってないよ、って自慢してたもん。男ってアホばっかしやね。
ぼくは勉強ができない (新潮文庫)
