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2010年6月17日木曜日

山本文緒 「プラナリア」

「プラナリア」第124回(2000) 直木賞受賞作

切っても切っても再生できるプラナリアは何を隠喩しているのか。
若くして乳癌に罹患し乳房を切除した女性の苦悩はこういうものか。同じ経験が無くても、私にもわかる、と共感する人は多いはずだ。無理解ではなく不理解ともいうべき周囲に対し、敵意にも似た増悪を抱いてしまう状況はとても悲しく、やるせない。

「ネイキッド」
・・・
責任のない衝動に身を任せるのは気持ちがいいものだ。私は案外幸せなのかもしれないなと思った。
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無意味と有意義。ずっと長い間、私にはその二種類の時間しかなかったし、それ以外の時間があるなんて考えたこともなかった。
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「どこかではないここ」
ぎりぎりのところで何とか保たれているようにみえる平凡な主婦。こういうつつましい母親の平凡な平和。人はこうやって老いてゆくのであろうか。

「囚われ人のジレンマ」
これはおもしろかった。心理学の大学院生であるモラトリアムな彼が結婚を望むが、私はしたくない。

「あいあるあした」
居酒屋の男のところに入り込んできたすみ江。なぜか幸せそうな雰囲気。

プラナリア (文春文庫)